いつか、いつか

 今は夜中だから、どんな文章だって真夜中の匂いに溶けて、君の夢にも現れないでいつのまにか消えてくれるだろう。そう願っている。本当は眠りについているはずの星々の名前を大きな声で呼んだ。

 

 誰にも自分の傷が傷だと思われたくない。笑って何でも言っていれば思われないだろうと信じていたけれど、そうではなかったみたいだった。多分その笑ったことを誰かは痛々しく思っただろう。

 

 自分は誰も愛せないんだと信じて疑わない。愛するという感情を定義づけられなかったせいで、感情と名称が入り交ざって、真実を真実として認識できなくなった。本当に愛せないかもしれないし、本当は愛しているのかもしれない。何もかもがちゅうぶらりんで、名前も、愛も、信じていた音楽も、何もかもふとした瞬間に落ちて崩れていく気がする。私にとって唯一残るのは、何なんだろう。誰も隣にいない世界で、私の死を知る誰かはいるのだろうか。

 

どうせ長生きするつもりもないし、なんだっていいやと言いながら、誰よりも死を怖がっているのが真実だ。何もかもが怖い。誰も彼も、なにひとつ、信じられることがない気がするときがある。誰かと話すとき、自分じゃないみたいだ、と思っている。どこか冷めた目で、私を私が見ているような気分になる。
「あなたが大切だ」と言ったとして、それをどうやって信じてもらえたと言えるのだろうか。その言葉が自分にとっても真実かどうかわからないのに。君が好きだ、君を信じている、そんな言葉、何も思っていなくても言えてしまえるのに、どうしてそれを信じると言い切れるのだろうか。

 

 ほんとうはなんだっていいのかもしれない。ずっと生きているのがつらい。ほんとうに正しいこと、なんていうものはどこにもないのに、まるでそうだと言い切ってそれに従うように作られていく制度の中で、ぼそぼそを誰かと会話して死ぬだけだなんて思うときもある。ずっと足元がふらついている、視界はぼやけている、音楽も輪郭をなぞれない。君のことを探せない。君という言葉が誰を指しているのか、僕だってわかんない。東尋坊に行ったとき、死ねないと思ったはずなのに、簡単に人間の心は揺らぐし、こんな生き物なのによくここまで生き残ったよね、と笑ってしまう。

実は君がバカにした、笑いものにして見下した「そのひと」「そのこと」全部、僕がずっと抱きしめて生きていくのだと決めたものだ。君に何か言い返しても「若いから」「現実を知らないから」そうやって何もかも私が悪いことになる。なんだったら「女だから」ともいうよね、君は。私はずっとみじめで、全部笑って無視した。私の痛みは私のもの。私の苦しみは私のもの。私が傷つくことか否かは私が決める。君は気づかないままでこのまま生きていくだろうし、私はもう忠告したり、説明したりすることに疲れてしまったから、看板を立てることもないよ。

 

 

いつか死ぬんだということだけがわかっている、それまで続く苦しみや暗闇の中で踏んだガラスの破片のこと、聞こえてくる音楽や話し声、現れるプリズムのことだけを覚えていたい。7歳のころ舞い降りた白鳥を美しいと思うことができなかった。生々しい音と力強さが、私には怖かった。川の水面に浮かべた小さな欠片は私の記憶で、全部いつか海に還る。いつか死んだら、私はどこに帰るんだろう、私は、どこに行くんだろう。

 

2023.07.13 3:10